過払金の請求における取引履歴の開示について

更新日 2023/06/05
この過払金コラムを書いた弁護士
弁護士 羽賀 倫樹(はが ともき)

出身地:大阪府出身、奈良県育ち。出身大学:大阪大学法学部。

はじめに

過払金の計算をするには、貸金業者との取引状況(いついくら借りたか・いついくら返したか・利率は何%か等)を明らかにする必要があります。このページでは、どのようにして取引状況を明らかにするのか、現在の規定と、現在の規定ができる前に出された最高裁判所の判決等について見ていきます。

取引の際に業者から発行される書面による立証

貸金業者と取引するときは、書面が発行されますので、その書面があれば取引状況が明らかになり、過払金を計算できます。しかし、貸金業者との取引はほぼ毎月行われますし、取引の期間が何年・何十年となれば、取引に関する書面は相当な数になります。そのため、取引に関する書面を保管していない人が多いと思いますし、保管を心がけている人でも全てを保管している人はあまりいないと思われます。私もこれまで、3000人を超える方から過払金や債務整理の相談を受けていますが、取引に関する書面を全て保管していると言われる方はいませんでした。

そのため、貸金業者から借入をしていた人が持っている資料で過払金を計算するケースはほとんどありません。

業者から開示される取引履歴による立証

貸金業者からの取引について、いついくら借りたか・いついくら返したか・利率は何%か等の取引状況を一覧にしたものを取引履歴といいます。貸金業者は、以下の規定により顧客との取引状況を保存し、開示請求があった場合には開示に応じなければいけません。

貸金業法19条(帳簿の備付け)

貸金業者は、内閣府令で定めるところにより、その営業所又は事務所ごとに、その業務に関する帳簿を備え、債務者ごとに貸付けの契約について契約年月日、貸付けの金額、受領金額その他内閣府令で定める事項を記載し、これを保存しなければならない。

貸金業法19条の2(帳簿の閲覧)

債務者等又は債務者等であった者その他内閣府令で定める者は、貸金業者に対し、内閣府令で定めるところにより、前条の帳簿(利害関係がある部分に限る。)の閲覧又は謄写を請求することができる。この場合において、貸金業者は、当該請求が当該請求を行った者の権利の行使に関する調査を目的とするものでないことが明らかであるときを除き、当該請求を拒むことができない。

以上の規定により、弁護士から貸金業者に取引履歴の開示請求をした場合、取引履歴が開示され、過払金の計算ができます。

ただし、小さな業者の場合、取引履歴が開示されなかったり、一部しか開示されないことがあり、過払金の計算ができないことがあります。また、大手の業者でも、昭和の50年代~平成初期になると取引履歴がないというケースがよくあり、その場合は、不完全な取引履歴をもとに過払金を計算せざるを得ないことがあります。大手の業者の中で、以下の業者は不完全な取引履歴となっているケースをよく見かけます。

 

業者名 出てくる取引履歴の期間
レイク(新生フィナンシャル) 平成2年(1990年)頃まで
アイフル 昭和60年(1985年)頃まで
SMBCファイナンスサービス(セディナ) 昭和60年(1985年)頃まで
オリエントコーポレーション(オリコ) 平成2年(1990年)頃まで
クレディセゾン 平成3年(1991年)頃まで
三菱UFJニコス 平成7年(1995年)頃まで

 

※カードの種類によって出てくる取引履歴の期間が異なることがありますし、個別に異なることもあります。

貸金業法の規定ができる前の対応

以上のように、現在は貸金業法の規定により取引履歴が開示され、過払金計算・請求が可能です。ただ、貸金業法19条の2は、平成19年12月19日施行されたもので、その前は開示義務に関する規定がなかったため、取引履歴の開示拒否ということがよくありました。そのため、消費者側と業者側で取引履歴の開示義務の有無について争われていた時期があります。その争いについて、開示義務があると判断したのが、以下の最高裁判所平成17年7月19日第3小法廷判決(民集第59巻6号1783頁)です。具体的な判断内容は以下の通りです(読みやすくするために、最高裁判所の原文に一部改変を加えています)。

【結論部分】

貸金業者は、債務者から取引履歴の開示を求められた場合には、その開示要求が濫用にわたると認められるなど特段の事情のない限り、貸金業法の適用を受ける金銭消費貸借契約の付随義務として、信義則上、保存している業務帳簿(保存期間を経過して保存しているものを含む。)に基づいて取引履歴を開示すべき義務を負う

 

【理由の部分】

⑴ 貸金業法19条及びその委任を受けて定められた貸金業の規制等に関する法律施行規則(以下「施行規則」という。)16条は、貸金業者に対して、その営業所又は事務所ごとに、その業務に関する帳簿(以下「業務帳簿」という。)を備え、債務者ごとに、貸付けの契約について、契約年月日、貸付けの金額、貸付けの利率、弁済金の受領金額、受領年月日等、貸金業法17条1項及び18条1項所定の事項(貸金業者の商号等の業務帳簿に記載する意味のない事項を除く。)を記載し、これを保存すべき義務を負わせている。そして、貸金業者が、貸金業法19条の規定に違反して業務帳簿を備え付けず、業務帳簿に前記記載事項を記載せず、若しくは虚偽の記載をし、又は業務帳簿を保存しなかった場合については、罰則が設けられている(同法49条7号。貸金業法施行時には同条4号)。

⑵ 貸金業法は、貸金業者は、貸付けに係る契約を締結するに当たり、17条1項所定の事項を記載した書面(以下「17条書面」という。)を債務者に交付し、弁済を受けた都度、直ちに18条1項所定の事項を記載した書面(以下、17条書面と併せて 「17条書面等」という。)を弁済者に交付すべき旨を定めている(17条、18条)が、長期間にわたって貸付けと弁済が繰り返される場合には、特に不注意な債務者でなくても、交付を受けた17条書面等の一部を紛失することはあり得るものというべきであり、貸金業法及び施行規則は、このような場合も想定した上で、貸金業者に対し、同法17条1項及び18条1項所定の事項を記載した業務帳簿の作成・備付け義務を負わせたものと解される。

⑶ また、貸金業法43条1項は、貸金業者が業として行う金銭消費貸借上の利息の契約に基づき、債務者が利息として任意に支払ったものについては、利息制限法1条1項に定める利息の制限額を超えるものであっても、17条書面等の交付があった場合には有効な利息債務の弁済とみなす旨定めており(以下、この規定によって有効な利息債務の弁済とみなされる弁済を「みなし弁済」という。)、貸金業者が利息制限法1条1項所定の制限利率を超える約定利率で貸付けを行うときは、みなし弁済をめぐる紛争が生ずる可能性がある。

⑷ そうすると、貸金業法は、罰則をもって貸金業者に業務帳簿の作成・備付け義務を課すことによって、貸金業の適正な運営を確保して貸金業者から貸付けを受ける債務者の利益の保護を図るとともに、債務内容に疑義が生じた場合は、これを業務帳簿によって明らかにし、みなし弁済をめぐる紛争も含めて、貸金業者と債務者との間の貸付けに関する紛争の発生を未然に防止し又は生じた紛争を速やかに解決することを図ったものと解するのが相当である。金融庁事務ガイドライン3-2-3(現在は3-2-7)が、貸金業者の監督に当たっての留意事項として、「債務者、保証人その他の債務の弁済を行おうとする者から、帳簿の記載事項のうち、当該弁済に係る債務の内容について開示を求められたときに協力すること。」と記載し、貸金業者の監督に当たる者に対して、債務内容の開示要求に協力するように貸金業者に促すことを求めている(貸金業法施行時には、大蔵省銀行局長通達(昭和58年9月30日付け蔵銀第2602号)「貸金業者の業務運営に関する基本事項について」第2の4⑴ロ(ハ)に、貸金業者が業務帳簿の備付け及び記載事項の開示に関して執るべき措置として、債務内容の開示要求に協力しなければならない旨記載されていた。)のも、このような貸金業法の趣旨を踏まえたものと解される。

⑸ 以上のような貸金業法の趣旨に加えて、一般に、債務者は、債務内容を正確に把握できない場合には、弁済計画を立てることが困難となったり、過払金があるのにその返還を請求できないばかりか、更に弁済を求められてこれに応ずることを余儀なくされるなど、大きな不利益を被る可能性があるのに対して、貸金業者が保存している業務帳簿に基づいて債務内容を開示することは容易であり、貸金業者に特段の負担は生じない

 

 

この判決は、現在の貸金業法19条の2と同様、貸金業者に取引履歴の開示義務を認めています。理由付けは長いものですが、要約すると、以下の①~⑤のようになります。

 

業者に罰則をもって取引状況の保存義務が課せられていること
債務者が取引時の書面を紛失する可能性があることを踏まえ、業者に取引状況の保存義務が課せられていると考えられること
貸金業者との間で過払金に関する紛争が発生する可能性があること
貸金業法は、貸金業者に取引状況の保存義務を課すことで、貸金業者と債務者との紛争の防止や速やかな解決を図ったものと考えられること
取引状況が不明であると債務者に大きな不利益が生じる可能性がある一方、貸金業者に取引履歴の開示を求めても大きな負担はないこと

 

ただ、この判決の原審である大阪高等裁判所は、以下の通り判断し、取引履歴の開示義務を認めていませんでした。

 

【大阪高等裁判所の判断】

貸金業法その他の法令上、貸金業者の取引履歴の開示義務を定めた明文規定はない。貸金業法19条は、取引履歴の開示義務を定めたものではなく、金融庁事務ガイドライン3-2-3は、行政上の監督に関する指針と考えられるもので、法的な権利義務を定めたものとは理解できないし、その内容も一般的な開示義務があるとしたものとは理解し難い。

また、貸金業者と債務者との間には、契約関係があり、これに基づく権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行うべきものであるが、信義誠実の原則から、当然に、取引履歴の開示義務が導かれると解することも困難である。

高等裁判所と最高裁判所の判断が分かれていますし、最高裁判所が開示義務の法的根拠としたのは、民法の一般条項である信義則(民法1条2項)ですので、当時の法解釈としては、取引履歴の開示義務は判断が難しい問題であったことがうかがわれます。

弁護士によるまとめ

今は、貸金業法19条の2により開示される取引履歴により、過払金計算・請求が可能です。しかし、かつては取引履歴が開示されないために、過払金計算・請求をあきらめざるを得ないこともありました。最高裁判所で取引履歴の開示義務が認められ、貸金業法にも規定されたことで、過払金計算・請求がやりやすくなったということは、過払金請求の際に知っておいてもいいかもしれません。
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